松原公園-浅野藩が架橋を禁じ船着き場として栄えた場所
- 松原公園-浅野藩が架橋を禁じ船着き場として栄えた場所
- 祭りに盆踊りに多目的広場で活躍した公園
- かつでは松のある風景『松原公園』
- 浅野藩であった頃は川で囲まれる要塞地形の城として橋を架ける事を禁じていたため船着き場として栄えた場所でもあります。同場所にある住吉神社境内の一部として、または川土手強化として周辺に植えられた松が名前の由来です。明治になり架けられた「こんにゃく橋」と異名を持つ橋が現在の赤い鉄橋「巴橋」であり、三次の象徴となっています。
- 祭りに盆踊りにと多目的公園として活躍した昭和
- 現在も大きなイベントのひとつである花火大会では三次町側の鑑賞ベストスポットでした(現在は打ち上げ場所が変わっています)盆踊りや太才祭り(神幸祭)、きんさい祭りなどでも活用され昭和の思い出多い公園ですが、護岸整備で喪失しました。
ドライブ動画
巴橋~松原公園跡~みよし本通り(辻村じゅさぶろう会館)
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